海外旅行前のiPhone設定でいちばん重要なのは、データローミングを切ることではありません。現地に着いてからでは変更できない設定、あるいは変更に1時間以上かかる設定を、出発前に片づけておくことです。iPhoneは自宅や職場から離れた場所にいるとき、セキュリティ関連の操作をわざと遅らせる仕組みを持っています。渡航先はまさにその「見慣れない場所」に該当します。データローミングのオン・オフは空港のロビーでも3秒で切り替えられますが、Apple Accountのパスワード変更は現地では1時間待たされます。この記事は、その順序で出発前チェックリストを組み直したものです。
出発前にしかできない設定と、現地でもできる設定を分ける
海外旅行のiPhone設定を解説する記事の多くは、データローミングのオフ、機内モード、SIMロック解除、写真の自動バックアップ停止の4点を挙げます。どれも必要ですが、この4つはすべて現地に着いてからでも変更できます。空港のWi-Fiにつなぐ数分があれば済む作業です。
問題は残りのほうです。Apple Accountの設定変更、2ファクタ認証の受け取り手段、eSIMの追加は、渡航先で「やろうとして初めて詰まる」種類の作業です。理由は次の章で説明する盗難デバイス保護の仕様と、日本の電話番号が使えなくなることの2つにあります。
そこで、作業を性質で3つに分けます。
- 出発前にしかできない: 2ファクタ認証の受け取り手段の確保、盗難デバイス保護の挙動の理解、SIMロック解除、渡航用eSIMの購入と追加
- 出発前にやるほうが圧倒的に楽: eSIMの追加とデフォルト回線の指定、日本回線のデータ通信オフ、オフライン地図のダウンロード
- 現地でも間に合う: データローミングの切り替え、機内モード、iCloud写真の自動アップロード停止、低電力モード
以下、上の順で解説します。現地でも間に合うものは最後にまとめて置きます。
盗難デバイス保護が「見慣れない場所」で1時間の待機を課す
iOS 17.3以降のiPhoneには「盗難デバイス保護」という機能があります。Appleの説明では、iPhoneが自宅や職場などのよく知っている場所から離れている間、セキュリティ要件を強化するものです。パスコードを盗み見たうえで端末を奪う手口への対策として導入されました。
この機能がオンで、かつ端末が見慣れない場所にあるとき、次の操作には1時間のセキュリティ遅延がかかります。Face IDまたはTouch IDで認証したあと1時間待ち、もう一度生体認証をして初めて実行できます。
- Apple Accountのパスワード変更
- Apple Accountからのサインアウト
- 信頼できるデバイスや復旧キーなど、セキュリティ設定の更新
- Face IDまたはTouch IDの追加・削除
- iPhoneのパスコードの変更
- 盗難デバイス保護自体をオフにすること
さらに、次の操作はパスコードによる代替が効かず、生体認証だけが受け付けられます。
- 保存済みのパスワードやパスキーの使用
- Safariに保存した支払い方法の利用
- クイックスタートによる新しいデバイスの設定
- eSIMの設定と転送
これが海外でどう効いてくるか
最後の項目が渡航者には直接響きます。現地に着いてから渡航用eSIMを追加しようとしたとき、Face IDが通らない状況が重なると設定できません。マスクや帽子、日差しの強い屋外、顔まわりのけがなど、Face IDが失敗しやすい条件は旅行中に増えます。通常ならパスコードで代替できますが、盗難デバイス保護が有効で見慣れない場所にいるあいだ、eSIMの設定にパスコードは使えません。
この機能を切ることを勧めているわけではありません。むしろ紛失・盗難リスクが上がる旅行中こそ有効にしておく価値があります。言いたいのは、eSIMの追加を現地に持ち越さないことです。日本を出る前、つまり見慣れた場所にいるうちにeSIMを入れておけば、この制約に当たりません。
出発前にやること
- 「設定」から「Face IDとパスコード」を開き、パスコードを入力する
- 「盗難デバイスの保護」の状態を確認する。オンにする場合は、2ファクタ認証、パスコード、Face IDまたはTouch ID、位置情報サービス、「探す」がすべて有効である必要がある
- オンにしたなら、渡航用eSIMの追加を出発前に済ませる
- Face IDの登録内容を見直す。眼鏡やサングラスをかけた状態でうまく認識されないなら、「もう一つの容姿をセットアップ」を出発前に済ませておく
なお、盗難デバイス保護をオンにしているあいだは「探す」をオフにできません。旅行中に端末を手放す予定がある人はこの点も踏まえて判断してください。
日本の電話番号が使えないと2ファクタ認証で詰まる
次に多い落とし穴が、Apple Accountの2ファクタ認証です。Appleのサインインには6桁の確認コードが要ります。このコードは信頼済みのデバイスに自動的に表示されるか、信頼済みの電話番号にSMSまたは音声通話で送られます。
旅行中にこれが問題になる筋道は決まっています。日本の物理SIMを抜いて渡航用eSIMに差し替える、あるいは日本回線を休止する。すると信頼できる電話番号として登録している日本の番号でSMSを受け取れなくなります。ここでiPhoneを紛失したり、iPadなど別の端末でサインインし直したりすると、コードの受け取り手段が消えます。
Appleの案内では、信頼できるデバイスも電話番号も使えない場合はアカウント復旧の手続きに入ることになり、本人確認を経てアクセスが戻るまで数日以上かかります。旅行の日程に収まる話ではありません。
出発前にやること
- 「設定」から自分の名前をタップし、「サインインとセキュリティ」、「2ファクタ認証」の順に進む
- 「信頼できる電話番号を追加」で2つ目の番号を登録する。Appleは、iPhoneに関連付けられていない番号を追加することを勧めている。家族の番号や自宅の固定電話が該当する
- 信頼できるデバイスの一覧を確認する。iPadやMacが信頼済みなら、それを持っていくことで受け取り手段が1つ増える
- コードの表示手順を先に確認しておく。新しいデバイスでサインインすると信頼済みデバイスに通知が届き、「許可する」を選ぶと6桁のコードが表示される。watchOS 6以降のApple Watchも自動でコードを表示する
- 「不明な差出人」のフィルタを使っているなら、メッセージの設定で通知を許可しておく。フィルタが原因で確認コードのSMSを見落とすことがある
日本の番号でSMSを受け取り続けたい場合の考え方は海外旅行中も日本の電話番号を維持する方法で、eSIM利用時のSMS認証そのものについてはeSIMでSMS認証コードを受け取る方法で詳しく扱っています。
eSIMは出発前に入れる。有効化のタイミングは分けて考える
渡航用eSIMは、日本にいるうちにiPhoneへ追加しておくのが安全です。前述の盗難デバイス保護の制約に加えて、追加そのものにインターネット接続が要るためです。Appleの手順では、eSIMの設定方法は次のいずれかになります。
- 通信事業者から受け取ったQRコードをカメラで読み取る。メールやブラウザで受け取ったQRコードは、画像を長押しして「eSIMを追加」をタップする
- 通信事業者のアプリからアクティベートする
- 別のiPhoneから「近くのiPhoneから転送」で移す(eSIMクイック転送)
- 「モバイル通信プランを追加」から「詳細情報を手動で入力」する
いずれもWi-Fiかモバイル通信が必要です。現地の空港でWi-Fiがつながらない、QRコードを表示するメールが開けない、という詰まり方は珍しくありません。
追加と開始は別物として扱う
ここで混同しやすいのが、eSIMを「追加する」ことと、データプランの有効期間が「始まる」ことは別だという点です。多くの旅行者向けeSIMは、現地ネットワークに初めて接続した時点、あるいは指定日から期間が始まります。出発前に追加しても、回線をオンにしなければ日数を消費しません。
ただし仕様は提供元ごとに違います。購入時点で期間が始まる商品もあります。追加は出発前、回線のオンは現地到着後、という手順を基本にしつつ、購入前に有効期間の起点を必ず確認してください。
追加後にやっておく設定
- 「設定」の「モバイル通信」で、プランにわかりやすい名前を付ける。「主回線」「副回線」のままだとどちらがどちらか判別しづらい
- 「モバイルデータ通信」で、データに使う回線を渡航用eSIMに指定する
- 「デフォルトの音声回線」は日本の番号のままにしておく。着信とSMSを日本の番号で受けられる状態を保つ
- 日本回線側の「データローミング」をオフにする。回線ごとに個別の設定である点に注意する
- 「モバイルデータ通信を切り替えることを許可」をオフにする。オンのままだと、渡航用eSIMの電波が弱いときに日本回線へ自動で切り替わり、意図しない国際ローミングが発生する
2回線を併用するときの設定は旅行向けデュアルSIMの設定に、追加手順そのものは旅行用eSIMの設定方法にまとめています。到着後に通信できないときの切り分けは到着後にeSIMがつながらないときの対処を参照してください。
SIMロック解除と対応機種の確認は購入前に済ませる
日本国内で販売されたiPhoneには、SIMロックがかかっている個体があります。2021年10月以降に発売された端末は原則としてロックがかかっていませんが、それ以前に購入したものは確認が要ります。
確認は「設定」から「一般」、「情報」と進み、「SIMロック」の項目を見ます。「SIMロックなし」と表示されていれば問題ありません。ロックがかかっている場合は契約先の通信事業者で解除手続きをします。多くは各社のWebサイトから手数料なしで手続きできますが、契約状況によっては店頭対応になることもあります。渡航用eSIMを購入する前に確認してください。ロックされた端末では使えません。
機種の対応状況も同時に確認します。eSIMに対応しているiPhoneはiPhone XS、iPhone XR以降です。米国で販売された一部モデルは物理SIMスロットを持たないeSIM専用機です。中古端末を持っていく場合は、前の所有者のeSIMが残っていないかも確認しておきます。
現地に着いてからでも間に合う設定
ここまでが出発前に済ませるべき作業です。次の設定は現地でも数分で変更できるので、優先度は下げて構いません。ただし、着陸直後にまとめて実施することを前提に、手順だけ頭に入れておきます。
日本回線のデータローミングをオフにする
「設定」の「モバイル通信」から日本の回線を選び、「通信のオプション」の中にある「データローミング」をオフにします。回線ごとの設定なので、渡航用eSIM側のデータローミングはオンのままにしておく必要があります。旅行者向けeSIMの多くは現地事業者のネットワークをローミングで使う設計のため、ここをオフにすると通信できません。この取り違えが、到着後につながらない原因の上位です。
iCloud写真とアプリの自動更新を止める
旅行中は写真と動画の撮影が増え、iCloud写真の自動アップロードがデータ通信を大量に消費します。「設定」から自分の名前、「iCloud」、「写真」と進んでアップロードを一時的に止めるか、「モバイルデータ通信」の項目でモバイル回線でのアップロードをオフにします。App Storeのアプリ自動アップデートも同様に、Wi-Fi接続時のみに制限しておきます。
バッテリーの消耗対策を入れる
海外では電波を探す動作が増え、バッテリーの減りが国内より速くなります。低電力モード、画面の明るさ、位置情報を使うアプリの制限が基本の対策です。詳しくは海外でのバッテリー節約にまとめています。渡航先での全般的な端末設定は海外でのスマホ設定も参考になります。
オフライン地図と翻訳データを落としておく
これは厳密には出発前推奨です。マップアプリのオフライン地図、翻訳アプリの言語データは容量が大きく、現地の回線で落とすとデータを消費します。自宅のWi-Fiで済ませておくほうが確実です。
出発前チェックリスト
ここまでの内容を、実行順に並べます。上から順に消化すれば、現地で詰まる要素はほぼ残りません。
- SIMロックの状態を「設定」から「一般」、「情報」で確認する
- Apple Accountの2ファクタ認証に、2つ目の信頼できる電話番号を登録する
- 信頼できるデバイスの一覧を確認し、渡航に持っていく端末を把握する
- 盗難デバイス保護の状態を確認し、Face IDの登録内容を見直す
- 渡航用eSIMを購入し、日本にいるうちにiPhoneへ追加する
- プランに名前を付け、データ回線と音声回線の割り当てを決める
- 「モバイルデータ通信を切り替えることを許可」をオフにする
- オフライン地図と翻訳データを自宅のWi-Fiでダウンロードする
- iPhoneのバックアップを取り、iOSを最新にしておく
- 到着後、日本回線のデータローミングをオフ、渡航用eSIMの回線をオンにする
渡航先に合わせたeSIMはCoral eSIMのプラン一覧から選べます。国別の対応状況もあわせて確認できます。
FAQ
海外旅行前にiPhoneでやる設定は最低限どれですか
現地では変更できないものから順に、2ファクタ認証の信頼できる電話番号の追加、SIMロック解除の確認、渡航用eSIMの追加の3つです。データローミングのオフや機内モードは現地でも数分で設定できるため、優先度は下がります。よく紹介される「データローミングを切る」だけでは、渡航先でeSIMを追加できない、あるいはApple Accountの確認コードを受け取れないという状況を防げません。
データローミングは全部オフにすればいいのですか
回線ごとに分けます。日本の回線はオフ、渡航用eSIMの回線はオンが原則です。旅行者向けeSIMの多くは現地事業者のネットワークをローミングで使うため、eSIM側までオフにすると通信できません。「設定」の「モバイル通信」で回線を選んでから「通信のオプション」に入ると、その回線だけのデータローミング設定が現れます。
eSIMは出発前に入れると有効期間が減りますか
多くの旅行者向けeSIMは、現地ネットワークに初めて接続した時点または指定日から期間が始まる設計で、追加しただけでは日数を消費しません。ただし購入時点から起算する商品もあります。iPhoneに追加する操作と、回線をオンにして通信を始める操作は分けられるので、追加は出発前、オンは到着後という運用が安全です。有効期間の起点は購入前に提供元の記載を確認してください。
盗難デバイス保護は旅行中オフにしたほうがいいですか
オフにする必要はありません。紛失や盗難のリスクが上がる旅行中こそ有効な機能です。ただしオンのあいだ、見慣れない場所ではパスコード変更やApple Accountのパスワード変更に1時間の遅延がかかり、eSIMの設定にはFace IDまたはTouch IDが必須になります。これらの作業を出発前に済ませておけば、旅行中に制約を受ける場面はほとんどありません。
日本のSIMを抜いて渡航用eSIMだけにしても大丈夫ですか
2ファクタ認証の確認コードをSMSで受け取れなくなる点に注意してください。信頼できる電話番号を日本の番号だけにしていると、その番号が使えない状態でApple Accountの再サインインが必要になったとき、受け取り手段がなくなります。出発前に2つ目の信頼できる電話番号を登録するか、信頼済みのiPadやMacを持参してください。物理SIMを抜くのではなく、日本回線を残したまま渡航用eSIMを追加してデータ回線だけ切り替えるほうが、着信もSMSも維持できます。
出発前の30分が、現地の1時間待ちを消す
海外旅行前のiPhone設定を「データローミングをオフにする」で終わらせている解説が多いのは、それが現地でも変更できる、つまり失敗しても取り返せる設定だからです。本当に事前でなければ困るのは、盗難デバイス保護のセキュリティ遅延に阻まれる操作と、日本の電話番号が使えなくなったときの確認コードの受け取り手段でした。どちらもAppleの仕様として明記されているにもかかわらず、旅行準備の文脈で語られることはほとんどありません。
2つ目の信頼できる電話番号の登録は1分、eSIMの追加は5分、Face IDの見直しは3分です。出発前の30分が、現地での1時間待ちとアカウント復旧の数日を消します。順序を入れ替えるだけで、旅行中のiPhoneは扱いやすくなります。
